希望の空



 六 月。
 一般的には梅雨の季節。
 紫陽花は色を増し、カエルの声が聞こえてくる。

 今日も朝から雨。
 シトシト降り続いて二日目。
 今日も部活は無しか、なんて事を思いながら傘を差し、学校へ向かう途中、後ろから声を掛けられた。

「おはようございます、宍戸さん」
「はよ」
「宍戸さん、機嫌悪いんですね。この天気で部活が出来ないからでしょ。宍戸さんは、雨嫌いですか?」


 自分では、そんなに不機嫌だったつもりも、顔に出ていた自覚もないが、やはりこいつには、わずかな気分の違いもわかってしまうらしい。

 テニス…
 俺にとっては凄く大切なもの。
 だから、それが出来ない雨の日は好きじゃない。
 それに、湿気で纏わりつく服のカンジ、水跳ねで汚れる服や靴。
 良いところなんて無いだろう。

「お前は好きなのか?」

 思っていたことはあえて口にせず、逆に問い返してみる。
 何故なら、たぶん、こいつは雨の日が嫌いじゃない。

  傘を少し高めに持ち、周りを眺めながら歩く長太郎を見ていれば、それくらい解った。
 案の定、返事は

「えぇ、まぁ、嫌いではないですよ。というか、割と好きですね、雨の日。さすがに土砂降りは嫌ですけど」

 苦笑いを浮かべ、そう返した長太郎。
 理由を訊こうかと口を開きかけたが、昇降口に着いていたらしく、「じゃあまた帰りに」と言われてしまった。

 退屈な授業中、窓の外を眺める。
 灰色の空、透明なスジ。
 あいつは何故、雨の日が好きなんだろう?


 ぼ〜っとして外を見ながら考えていたら、隣の席の奴に「当てられてるよ」と言われ、焦って答えを間違えた。
  ほらな、やっぱり雨の日に良いことなんか無いじゃねーかと、多少無茶な理由を、嫌いな理由に追加した。
 雨が好きな奴なんて、きっとそう居ないだろう。
 変わったヤツ、というか純粋で、豊かな感性なんだろうな。
 俺にはわからない、雨が好きな理由を、後で聞いてみようと思う。

「お待たせしました!掃除当番だったので…スミマセン」
「別に、そんな待っちゃいねーから。ほら、もう行こうぜ?」


 学校の門を出ると、灰色にくすんでいた空は心なし明るく、雨も小降りになっている気がした。

「もうすぐ止みますね、雨」

 傘から手を出し、濡れ具合を見ながら言う長太郎。
 その表情は少し嬉しそうで。

「お前、雨が好きなんじゃなかったのか?」
「え?あぁ、はい。でも雨が好きっていうより、雨の日“も”好きなだけですよ」
「なんで?」

 今日一日考えてみて、やはり俺では解からなかった問題の答えを訊いてみた。
 すると、


「雨の日って、静かだし、部活ないから宍戸さんといつもより長く一緒にいられるし、花とかも元気になるし、それに…あ!」

 急に話と歩みを止めた長太郎を、何事かと思って見上げると、長太郎の視線は、俺を越え、遥か遠くを見ている。
 俺は頭に「?」を浮かべたまま長太郎を見ていると、

「あれですよ。俺の、雨が好きな理由」

 長太郎に示された方を向いて、俺は一瞬夢だと思った。
 とても綺麗な白昼夢。


  暗く淀んだ雲を割って、光の柱がいくつも立っている。
 まるで、絶望のなかに射し込む希望の様に。
 そして一際輝いて、俺に夢だと思わせたのは、とても大きくて、ハッキリと光の柱に架かる虹。
 夢か絵画の様だと思った。

 絵画…
 絵?

 そうだ、俺はこの景色を知っている。
 長太郎がこの空が好きなことを。

「今日はついてますね!虹まで一緒に見られるなんて、滅多に無いですよ!俺、この空が一番す」
「知ってる…。『    』」


 長太郎の言葉に被せるように言った俺の言葉を聞いて、驚いたように俺を見る長太郎。

「覚えて、たんですか?」
「あぁ。いつだったか、お前が見せてくれたよな」

 確か、去年の夏休み明けだったと思う。
 美術の課題で、こいつが描いた絵。
 自分の部屋から、何気なく外を見たら、偶然この空模様で、急いで描いたのだという『希望の空』。
 今迄見た空の中で、一番この空が綺麗で、貴方に見せたくて夢中で描いた…
 と言っていたっけ。

「やっぱり、俺の絵なんかとは全然違いますね、本物は。宍戸さんに見せられて、いや、一緒に見られて嬉しいです」

「…俺もでもよ、俺は、お前の絵を見た時のが驚いたし、十分に綺麗だと思ったけどな。つか、俺は絵の中の空の方が好きだぜ?」
「は…?何でですか?」

 だって、あの絵には、本物に無い物がある。
 長太郎らしい色使いで描かれた空に、光に、虹。
 そこには、ただ綺麗なこの空には無い、温もりと、コイツの心があった。
 態々言うのも照れ臭いと思い、質問で返事を返す。

「なぁ、あの絵、まだお前持ってるだろ?よかったら、さ…俺にくれねーか?」
「え、えぇ?!あんなの、人にあげられるほど大したモノじゃないですよ?!な、何でっすか??」
「何でもいーだろ。ただ、俺の部屋に置いときてぇだけだよ」
「じゃあ、ま、いいですけど…」


 今、俺の部屋には一枚の絵がある。
 とても温かくて、綺麗な絵が。
 でも、俺にとってそれは、ただの絵なんかじゃない。
 俺に、希望と勇気、そしてアイツの存在を気付かせ、感じさせてくれる大切なもの。

 俺の部屋に飾られた絵。
 それは、長太郎のカケラ。



END







 これは…実は『虹』をテーマに書きたかった…モノ;
 見事にズレましたが気にしなーい!(え)
 でも、背景の写真とは少し違いますが、私の言いたかった空は、
ほんとに写真や絵等に残して、誰かに見せてあげたいくらい素敵な空なんです。
 読んで下さった方に、それが少しでも伝えられていたら嬉しいです。





モドル