コトバ


 ヴァイオリンに顎を乗せ、弾く準備をする。
 目の前には大好きな人が、座って俺を見ている。
 軽く息を吸い込み、目を閉じる。
 失敗して、格好悪い姿を見せたりはしたくない、貴方に少しでも、この気持ちを伝えたい。
 そんな、色んな想いを、心から追い出す。
 ただ浮かぶのは、覚えた楽譜と、貴方の微笑む顔。
 そっと弦を押さえて弾き出す。
 何度も練習して、何度も失敗して、それでも、貴方に聞いて欲しくて…

 この曲に乗せて、俺の貴方への愛が、この胸の内から溢れるようなこの想いが、少しでも伝わるようにと、指を運び弦を弾く。
 奏でるメロディは、貴方だけに贈るプレゼント。
 音の一つ一つに、想いを込めて。

 やがて演奏を終え、閉じていた瞳を開けると、満面の笑みを湛え、小さいながらも一所懸命に拍手をくれる貴方の姿。
 自然と俺も笑顔になり、楽器を置いて貴方の傍へと歩み寄る。

「素敵な演奏だったよ!聞いたことない曲だけど、優しくて、暖かくて、長太郎にぴったりの曲だった。凄く、澄んだ綺麗な音だったよ」
「そう、ですか?良かった…今日の為に練習はしたんですけど、実は、どうも上手く弾けないとことかあって不安だったんですよ」
「そうなの?全然分からなかった、って言うより、失敗なんかしてたっけ?」

 不思議そうに首を傾げる貴方に、俺も自分で不思議だったことを告げる。

「えぇ、今日は失敗してませんよ。自分でも不思議なんですけど、苦手なところにきても、今日はスムーズに指が動いて…きっと、先輩が聞いていてくれたからですよ」
「え?私?」
「そう、先輩が」

 俺の言葉に、何のこと?と言いたいのか、全く分からないと顔に書いてある。
 そんな先輩はやっぱり可愛いな、と思いながらも、このまま内緒です、何てすれば、多分ご機嫌は斜めを向いてしまうから、正直に思ったことを話してみる。

「この曲ね、俺が作った曲なんですよ。先輩をイメージして、先輩への、俺の想いを込めて、音にしたんです」
「う、うん」
「でも、いつもは一人で練習してたけど、今日は目の前に貴方が居るでしょう?失敗出来ないっていう緊張より、この曲で、俺の想いが少しでも伝わればって、先輩のことだけを考えて演奏してました」
「あ、りがとう」
「だから、上手くいったんですよ」
「?」

 俺の言う意味が分からないらしく、傍目に見ても、クエスチョンマークを数個浮かべる貴方に、尚も説明を続ける。

「だからね、貴方が居たから、上手くいったってこと。先輩は、いつも俺に、力と、勇気と、時には奇跡もくれるんです」

 俺がそう言うと、貴方は困ったように笑い、

「奇跡なんて…私はそんな力無いよ?それは長太郎の実力だよ」

 なんて言うから、今度は俺が苦笑い。

「自覚がないだけで、先輩は凄く、俺の力になってるんですよ」
「そうかな…キャ?!」

 まだあんまり納得いかなそうなお姫様を抱き上げ、ソファに座って自分の膝の上に彼女を降ろす。
 突然のことに驚いていた先輩は、状況を理解して段々と頬を赤く染めた。

「ね、降ろして?恥ずかしいよ…」
「誰も見てませんよ。このまま、聞いて?」

 逃がさないよう腰に腕を回し、間近で囁くように言えば、赤い顔のまま、途端に大人しくなる貴方。

「…長太郎、ズルイ。私が断れないの、知ってるくせに」
「ふふ、ごめんなさい。でも、俺の気持ちをちゃんと伝えるには、これが一番かなって」

 恥ずかしそうな先輩と、視線を捕え、俺はまた、話し出す。

「先輩、俺ね、こんな気持ちは初めてなんです。誰かのことをこんなに、想うだけで幸せなくらい、好きになったのは」
「まるで、自分が自分じゃなくなったみたいなんです…貴方の傍に居ると時間が過ぎるのさえ忘れてしまう。それくらい、俺は貴方に夢中なんだ」

 赤い顔で、俺の言葉を聞くうちに、段々と先輩の瞳が潤むのがわかる。
 それでも、俺は言葉を続ける。

「俺がどんなに貴方を愛してるか、この想いが見えたなら良かったのに。それなら、このとめどなく溢れる想いも、ちゃんと貴方に伝わるでしょう?貴方を不安になんて、させないで済むでしょう?」
「…長太郎、それは、違うよ」
「…何がですか?」
「今だって、ちゃんと伝わってる。それに、気持ちが全部見えたら、つまんないよ」
「つまらない…?」

 先輩の言わんとすることが、いまいちわからない。
 言葉がなくても分かり合えることの、何がダメなのか?
 俺が不思議に思っていると、

「だって、言わなくてもわかるなら、言葉なんていらなくなっちゃうでしょ?でも、わかっていても言われたい言葉って、長太郎はない?私はあるよ。“好き”も、“愛してる”も、言いたいし、言われたいよ」
「あ…」

 先輩の言葉に、確かにそうだと納得する。

「だって、長太郎が私を呼ぶ響きが、私に好きって囁く声が、大好きで、聞くだけで幸せに…わっ?!」

 先輩は、何て可愛いこと言うんだろう?
 何でこんなに、俺を喜ばすのが得意なんですか?
 俺だって、先輩と同じ想いだけれど、口にしてもらえるのは、涙が出そうなくらいに嬉しくて。
 思わずぎゅっと抱き締めた。

「先輩…俺、嬉しい、いや、幸せです!自分が愛した人に、先輩にこんなにも想われて」
「私も、だよ?」
「うん、だから、嬉しいです。俺、本当に、貴方を好きになって良かったって、今日改めて思いました」
「あ、アリガト」

 抱き締めてるから、顔は見えないけど、
 微かに見えた耳まで赤いのだから、顔を真っ赤にして、さぞや、可愛い表情なんだろうと思い、微笑う。
 俺が笑ったのに気付いたのか、「何よ?」と訊くから、先輩が余計照れるのも、答えもわかっていて、俺は答えた。

「いえ、可愛いなって、思ったんですよ。それと、俺は、そんな可愛い貴方と、これからも一緒にいたい。ねぇ、先輩?この先もずっと、俺の傍にいてくれますか?」
「それは、もちろん」

 ホントだ。
 やっぱり、わかっていても言われて嬉しい言葉は沢山ありますよね。
 俺は先輩に、色々なことを教わってばかりだな…

 ありがとう。

 俺と出会ってくれて。
 俺を愛してくれて。
 支えてくれて。
 傍にいてくれて。
 沢山のものを、与えてくれて。

 いくつもの「ありがとう」を、唇から唇へ。
 言葉よりも、直に触れたところから、この気持ちが伝わるように。

 その唇へ、そっとキスを。




 マガのリクで書いたもの。
 書いたのはもっと前だったんだけど、
 UPするのが遅くなってしまた;
 そして、気付けばチョタ夢初じゃん;
 私ってばチョタ大好きなのに…
 ま、これから増やせばいいか(え)

2007.7.15
 


モドル