「その本、好きなの?」
「あ…滝くん」

 はにかんで僕を見上げた笑顔に、トクンと胸が高鳴った。


【幸福のカケラ】


 部活前に忘れ物を取りに帰った教室は閑散としていて、彼女以外は誰もいない。
 細く開いた窓の隙間から入る風が、彼女の横顔にかかる髪を揺らしていた。

 コレは、チャンスかもしれない。
 今まで片手で足りるほどしか話したことの無い彼女と、ちゃんと話すための。
 俺を、知ってもらうための。

 驚かせないようにと、ゆっくり前から近づいたのに、彼女は本に夢中らしい。
 声をかけて初めて、俺がいること、教室に自分しかいなかったことに気付いたみたいだった。

「いつも、読んでるよね」
「うん。このシリーズ気に入ってて。でもやっぱり一冊目が面白くて、何度も読んじゃうの」

 何度も、いつも、君が読んでいる本。
 最初はそのくるくる変わる表情に、どんなに面白い本なんだろうって、気になった。
 でもそのうち、今にも零れそうな涙をたたえた瞳だとか、思わずといった風に綻ぶ笑顔に、本を読む君に惹かれていたんだ。

「滝くんも、よく本読んでるよね。オススメとか、あったら教えて?」
「えっ?」
「あ、ごめん、無理にとは、言わな」
「違うんだ。オススメか、そうだな…」

 驚いた。
 彼女とは、ほとんど話もしたことなんてない。
 席だって、彼女は窓際の真ん中、俺は廊下側の一番後ろで、近くなんてないし。
 彼女が俺のことを見ていたなんて。

 気まずそうに笑う顔を見たくなくて、彼女の言葉を遮った。
 一瞬機能停止した脳をフル稼働して、女の子でも興味ありそうな本や、最近読んで面白かった本を紹介した。

「ねぇ、良かったらそのオススメの本、貸してもらえない?」
「いいよ。じゃあ、俺もその、さんのお気に入り、読んでみたいんだけど…」
「あ〜…うん、いいよ。滝くんなら」

 駄目だよ、そんな、気を持たせるような返事。
 君の大事なものとわかっていて、断られると思って聞いてみたのに、俺だから、いいって?
 期待、してしまう。

 落ち着かない気持ちは喉元で飲み込み、笑顔を繕う。
 ちゃんと、笑えているだろうか?

「じゃあ、交換だね?明日持ってくるよ」
「それじゃ、私も明日渡すね」

「楽しみにしてる」と、お互いそう言って別れた。
 俺が楽しみにしてるのは、君の大切なものが一つ理解できることか、君と話しが出来ることか。



 部活も終わり、家に帰って明日渡す本を揃える。
 彼女に気に入ってもらえるだろうか?
 本を貸すのって、自分のセンスや趣味を見せるみたいでちょっと恥ずかしいな、なんて考えながら。



「これ、約束の」

 昼休み、今日も例の本を読む彼女に、紙袋に入れた本を持って声をかけた。

「ありがとう。読み終わったら直ぐに返すね」
「いいよ、ゆっくりで。俺こそ、早く返したほうがいいかな?大事な本なんでしょ?」

 そう言うと彼女は、何故だか少し笑って、「そう、大事な本だよ」と僕に差し出す。
 その時ふと思い出した。
 こんな風に、前にも彼女に本を渡したことが無かっただろうか?

「あっ!あの時の…」
「思い出した?去年の春、私が落としたのを拾って届けてくれたよね。その時、初めて滝くんと話したの」

「その時から、お気に入りなんだ」と小さく言った彼女は、ランチバックと俺の渡した本を持って、小走りに教室を出ていった。
 俺は追い掛けることも出来ず、ただ茫然と、彼女を見送り、姿が見えなくなってはっと我に帰る。

 耳が熱い。
 きっと今、赤い顔なんだろうな。

 彼女の本をパラパラと見るともなしに捲ると、小さな栞が挟んであった。
 栞のページを開くと、はらりと一枚メモが落ちる。
 拾ってみると、

『栞が私の気持ちです』

 と可愛らしい文字。


 もう一度よく栞を見れば、手作りの、クローバーの押し花で。
 確か、花言葉は、幸福と、
 真実の愛、それから…


『私のものになって』


「やるねー…」

 小さく笑いが漏れる。
 こんな可愛い告白なんて…

 好きな人に好かれていると知った嬉しさ。
 小さく不安定な期待が、確信に変わる。

 早く、返事を、俺の気持ちを伝えたくて、君を探す。
 屋上に続く階段の途中、君を捕まえた。

「…見つけた?」

 そう言って笑う彼女の笑顔は、やっぱり可愛くて。

「俺も、クローバーを渡せばいいかな?…君が、好きなんだ」
「うん、ありがとう」

 どちらからともなく、そっと抱き合った。
 君の髪越しに見た窓の外の雲が、やけにゆっくり通り過ぎるように感じた。


 ねぇ、本を読むのは好きですか?
 俺は好きです。
 君と一緒に読書をするのが。
 本を読む、君が。



終わり




 滝様が私の中でキてたので、無駄に頑張って2日で書いてみました・笑
 にしても、変換が1度しかないって良いんだろうか・・・

 2010.9.22


モドル