紅



「ほ、ホントに着るのかよ…」

「えぇ、本気ですけど?」

 今、彼の目の前、俺のベッドに広げられ、彼を困らせているモノ。
 真紅の、振袖。
 何故こんなものが、男二人の目の前にあるのか。
 それは、今年成人を迎える姉が、振袖を仕立てて、写真の前撮りをしてきたことにあった。

 姉の振袖は、赤地に黒のレトロな柄。
 出来上がった写真を見ながら『この色合い、宍戸さんも似合うだろうな…』と、ふと思った俺が、宍戸さんにお願いしたのが始まり。
 断固拒否の姿勢を崩さない彼に、俺は賭けを提案した。
 それは、年内最後の部活で、日吉にシングルスで2ゲーム以上取られずに勝つこと。
 それが出来たら、着てくれる、と。

 彼がその賭けに乗ってくれたのは、俺を想ってのことだと俺は知っていた。
 それに俺も、動機は不純だけれど、試合に挑む気持は真剣だった。
『勝ちたい』
 それは、勝者のみが力を持つ氷帝テニス部に於いて、無くてはならない想い。
 誰もが思うこと。

 宍戸さんは、そんな俺の気持ちと、そして多分俺の焦りを感じて、気遣ってくれていたんだろう。
 
 今迄ダブルス選手として、ずっとレギュラーの座にいた俺。
 でも、三年生の引退と共に、シングルスに転じ、自分の技量の無さに、泣きたくなった。
 確かに、スカッドサーブでレギュラーの座を勝ち取ったし、その技を磨く努力もした。
 けれど、他は?
 氷帝テニス部レギュラーの名に恥じぬプレイをしようと、基礎を怠ったつもりはない。
 けど、樺地と、日吉と、試合をする事に感じてきた…
 「サーブだけ」正にその通りじゃないか。
 俺はどれだけ、宍戸さんの負担になっていた?
 お互いの足りない面をカバーできる、最高のダブルスだと、思っていた、自負していた。

 けれど本当は?
 俺がもっと動けたら、新しいフォーメーションも技も、もっと活かせていたかもしれない…

 そんなことを考えては落ち込んで、一人でぐるぐると考え込んで、一番心配掛けたくない人に、心配させていたんだ。
 でも、このまま後悔し続ける意味はないと、足りないならば身に付けろ、練習しろと、自分を叱った。

 それからは、ロードワークも基礎練も増やした。
 こんな自分は誰にも見られたくなかったから、誰にも言わなかった。
 
 高等部で、また宍戸さんと、最高のダブルスが出来るように、彼の力になれるように。
 それだけを、支えにして。

 努力の甲斐があって、苦しい試合ではあったけど、なんとか賭けの指定通りになった。
 今迄、接戦の末にギリギリで勝てたことは数度あるかないか。
 俺自身も少し信じられないくらいで、試合を見に来てくれた宍戸さんに、「やったな!」と声を掛けられて、やっと実感と、嬉しさがこみあげた。

 その時は、ただ純粋に嬉しくて、賭けのことなんて、実は忘れていたのだけれど。

 そして、その後暫くして落ち着き、賭けのことを思い出した俺が、再度お願いして、今に至る。

「そんなに恥ずかしがらないで下さいよ…」
「う、煩ぇー!見てんなよ!

 月明かりや、電気を消した薄暗い部屋でなら、もう何度も互いの裸は見てきたけれど、明るい室内で一糸纏わぬ姿になるというのは、やはり恥ずかしいのだろう。
 耳まで真っ赤に染め、俺から視線を反らし、やっと下肢を覆う衣服に手をかける。
 恥ずかしさ故だろうが、そうやって、少しずつ肌を露にしていく方が、余計男を煽るのだと、何故同じ男でありながら、この人は気付かないのだろう?
 そう思いつつも、折角着てくれることになったのだから、今襲うわけにもいかず、俺にこれ以上見えないように、彼が脱ぎやすいように、長襦袢を広げてやる。
 やっと覚悟を決めたらしく、襦袢越しに、服を脱ぐ絹擦れの音の後、広げた長襦袢に腕が通され、俺の手から離れた。
 彼が前をちゃんと合わせたのを見届け、声をかける。

「じゃあ、ここからは姉に代わりますから、ちょっと待ってて下さいね?」
「あ、あぁ」

 彼の脱いだ服を畳んで端に寄せ、隣の姉の部屋に向かった。

「姉さん、後は頼むね?」
「あら、もう支度できたの?じゃあ、行ってくるから、このまま私の部屋にいてね?」
「解った。よろしくね」
「ふふ、大丈夫よ」

 俺がくれぐれも、と念を押すと、姉は任せてと笑って隣の俺の部屋に入った。
 着付けができる姉に後を任せ、姉の部屋にて大人しく待つ。
 しかし、姉とはいえ、やはり他人の部屋。
 多少の居心地悪さと、期待によって、そわそわと落ち着きなく部屋をうろつき、窓辺に立つ。
 薄いレースのカーテン越しに見る空は朱く、少し眩しいくらいの夕陽が窓際に立つ俺を照らした。

 暫しぼんやりと外を眺めていると、「終わったわよ」と掛けられた姉の声にビクッとする。
 振り向けば、ドアの近くで、何してるの?という顔で俺を見ている姉に歩み寄る。

「ありがとう姉さん。早かったんだね」
「そう?でも、我ながら結構上手く出来たと思うの。これなら、どう見ても女の子よ!」

 にこにこと楽しそうに出来栄えを語る姉に、早く見たい気持が膨らむ。
 でも、どうせなら二人きりになってから、思いきり堪能したいし、予定があるのに手伝ってくれた彼女をちゃんと送り出さねば、姉とはいえ失礼だろうと、自室には行かず姉を見送ることにする。

「そっか、それは早く見たいかも。あ、姉さん、時間はいいの?」
「あ、大変、もう行かないと!」

 上着を来て髪を整えるのを待ち、バッグを持って玄関まで送り、靴をはいた姉にバッグを渡す。

「じゃあ、明日の夜には帰るから!行ってきます!」
「気を付けてね?行ってらっしゃい」

 そう言って足早に出ていく姉を見送り、玄関に鍵をかけ、自室に戻る。
 閉まっているドアを、一応ノックするが、返事はなくて、不思議に思い、ドアを開けると、

「…」
「な、なんだよ?!言いたいことあんなら言えよっ!

 黙ってそのまま固まり、見惚れてしまっていた俺に、恥ずかしそうに下を向いていた宍戸さんは、顔を赤くしながらキッと俺を睨んで怒鳴る。
 それによって我にかえった俺は、宍戸さんの近くに歩み寄り、マジマジと見てから、

「すみません、見惚れてました。宍戸さん、凄く似合ってますよ。綺麗だ…」
「う、嘘つけ!男の俺がこんなん着たって変に決まってんだろ?!それに、似合ったって嬉しくねーよ!」
「でも、今はどう見ても、素敵な女性ですよ?まぁ、俺は宍戸さんが男でも女でも、『貴方』であれば構わないんですけど。あ、まだ自分で見てないんでしょう?鏡、ありますよ」
「は?!いいって別に!見たくないって!」

 そう言う宍戸さんを無理矢理鏡の前に連れて行くと、

「…」
「どうですか?自分で見た感想は。ホントに綺麗でしょう?」
「変では、無いと、思うけど…

 鏡に映る自分の姿に戸惑う彼に、言葉を掛ける。

「そんな控え目に言わなくたって…着物の紅が、宍戸さんの白い肌によく映えてる。綺麗ですよ」
「…

 実際、言葉の通り本当によく似合って、着物が彼を引き立てていた。
 姉が施してくれた薄い化粧に長髪のウィッグも、宍戸さんによく似合っていた。
 まるで、本当に女の人のように見える。
 けれど、実際は立派な男で、綺麗な着物のその下は…

「ねぇ、宍戸さん、いい?」
「な、何が…?」
「分かってるんでしょう?さっきから、ずっと我慢してるんですよ?目の前にこんな綺麗な貴方がいて、ここまで保ったのが凄いくらいだ」

 そう言うと、何か言いかけた彼の言葉を奪うように接吻て、そのまま帯に手をかける。

「ん、んんっ〜!」

 帯を解かれているのに気付き、声を上げようとする宍戸さんを、それでも放さず唇を貪る。
 唇を合わせたまま、ゆっくりとベッドの側まで移動すると、帯を解き、彼をベッドに押し倒す。
 ベッドに広がる長い黒髪、押し倒され、バランスを崩して暴れたためか、少し乱れた裾から覗く、白い足。
 堪らず裾を割って、膝辺りからゆっくりと内股を辿り下肢に手を伸ばすと、既にそこは、緩く反応を見せていた。

「あれ?宍戸さん、もう、ちょっと勃ってるね?慣れない格好で、俺に見られて興奮したの?」
「ち、ちがっ、アッ…」

 顔を真っ赤にしながら否定する彼が可愛くて、つい意地悪したくなってしまう。
 そのまま彼自身を握りこみ、鈴口に爪を立てて、早く蜜が滲むようにと敏感な亀頭を刺激し続ける。

「んっ、んっ、あうっ、だ…ダメ、ダメだっ、てっ」
「何でですか?気持ちイイでしょう?ほら、蜜だって溢れて来ましたよ?」

 嫌々と首を振り、力の入らない手で、俺の手を下肢から剥がそうとする宍戸さん。
 今日に限って、何だってこんなに抵抗するのかと不思議に思うと、

「だからぁっ、んくっ、着物が、汚れちまっ、だろっ!ンァ」
「あぁ、そういうことですか!なんだ、よかった〜」
「よくなん、か、ねぇだろっ!」
「違いますよ、そのことじゃなくて、宍戸さんがあんまり嫌がるから、着物着せたこと、本気で怒ってるのかなって思って」

 そう、愛撫の手を止めて、苦笑いしながら答えると、宍戸さんは、困ったような複雑な表情で俺を一瞬見ると、「別に」と、横を向く。
 そんな、照れながらも、ちゃんと俺を安心させようとしてくれる、目の前の存在が可愛くて、少し強引に唇を合わせて吐息を奪う。
 舌を絡ませ、お互いの唾液が混ざりあい、やっと唇を離せば、彼の顎を、飲み干しきれなかった唾液が伝う。
 親指でそれを拭ってやりながら、帯を完全に解いてベッドの下へ落とした。
 少し乱れた着物の前を、そっと左右に大きく開く。

「っ
「宍戸さん…凄く、凄く綺麗だ…」

 露になった体に首筋、胸、脇腹、臍と、チュッと音を立てながら、ゆっくりとキスで辿っていく。
恥ずかしいのだろう、目をぎゅっと瞑り、去れるがままになっている宍戸さんに、肝心の場所を前に、愛撫を一旦止め、袖から腕を抜かせ、そのまま俺の首に腕を回して腰を浮かせて貰う。
 名残惜しくも、その背中とベッドの隙間から襦袢ごと全ての着物を抜くと、ベッドの下へ、出来るだけ折れないように落とした。
 意識を彼に戻せば、半端に弄られ、暫く焦らしていたせいか、背を浮かせた為に俺の腹に当たっていた自身を、もっと触ってと強請るように腰を振る宍戸さん。

「くすっ、宍戸さん?そんなに触って欲しかったの?いやらしく腰振って、俺を誘ってるんですか?」
「あっ、ち、違っ…?!ふぁっ」

 無意識の行動だったんだろう、俺に指摘され、慌てて浮かせていた腰を下ろすと、否定の言葉を発するが、素直な反応を見せる自身は誤魔化せない。
 俺は刺激を待ち望み、涙を流して震えながら訴える彼自身に、さっきの続きとばかりにキスをしてやる。

「違いませんよ、ほら」

 ビクリと跳ねる体に、余計蜜を溢す自身。
 そっと手を添え、先端を口に含み、飴を舐める様に舌で転がしてやる。

「ンアッ、アッ、ふっ」

 シーツに爪を立て、小刻に震える体。
 やっぱり、いつもと違うシチュエーションに興奮したのだろう、敏感な体からいつにもまして良い反応が返ってくる。
 そのまま、竿までも口に含み、舌を使って舐めたり、吸いあげたり、時々甘噛みしてやれば、あっと言う間に強張る両足。
 あと一押しでイク、そう思った瞬間、宍戸さん自身から口を離した。

「あ…な、何でっ?」

 涙を浮かべ、幾分避難めいた声で訪ねられ、内心苦笑いしてしまう。
 今日の彼は可愛い過ぎる。
 無意識の行動一つ一つが、俺を誘うんだ…

「ねぇ宍戸さん、イかせて欲しい?さっき嫌がられちゃったし、ちゃんと言ってくれないと、俺、分かりませんよ?」
「なっ?!だ、だからあれは、着物がっ、ンァ?!」
「俺を拒んだことに代わりはないでしょう?」

 左手で根本をギュッと握り、裏筋を舌で舐めあげ、袋を片方ずつ口に含んでは吸ってやる。
 右手を舐め、宍戸さん自身から溢れた先走りを纏うと、奥にある蕾へ塗り付ける。
 初めは周りから解すようにゆっくりと、ひくついてきたら、まずは一本、痛くないようにゆっくりと指を埋めていく。

「うっく、ア…」

 狭い内壁を広げるように指を動かし、前立腺を探す。

「アァ?!ん、ふぁぁっ!」

「見つけた」

 探り当てたソコを集中的に攻め、指を増やしていく。
 初めは少し苦しそうな表情を浮かべた彼も、段々と苦痛の声が抜けてきた。
 俺は、左手は変わらず根本を抑えたまま、胎内に挿れた三本の指を揃えて、抉る様に前立腺を刺激する。

「ヒァッ、も、もう、やっ、ンッ、手ぇ放せっ、はなせっ、てばぁっ!」
「だったら、ほら、イキたいならちゃんと言って下さいよ。どうしたらいいのか、わかりますね?」
「やっ、んなの、出来なっ、アッ」
「じゃあ、ずっとこのままですね」

 緩めていた愛撫を再開しようと、にこりと笑って言う俺に、悔しそうな、恥ずかしそうな顔をしたが、覚悟を決めたのか、口を開く宍戸さん。

「…ぃ、て…せて」
「え?聞こえませんよ。もっとはっきり、分かるように言って下さい」
「っ…ぃれ、て、長太郎ので…んぅっ、イカせ、て、くれっ、よっいっ、うあぁっ」

 もう駄目だ、可愛すぎる。
 確かに、言わせたのは俺だけれど、顔を真っ赤に染め、快感と、イケぬもどかしさに堪えながら、恥じらいがちに俺を求める可愛さに、下肢に熱が集まるのがわかった。
 手早く前を、寛げると、彼の中から指を抜き、片膝を折らせて腰を浮かせると、代わりに猛る俺自身を際奥まで一気に埋め込んだ。

「っ、宍戸さん、動き、ますよ?」
「はっ、アァァッ、ふっ」

 もうまともに言葉を発せぬ口は、熱い吐息と、濡れた声で、余計に俺を煽った。
 俺は、ゴツゴツと前立腺を目がけて腰を打ち付け、彼の根本を戒める手を緩め、腰の動きに合わせて梳きあげる。
 結合部から、宍戸さん自身から、飛び散る飛沫がシーツを汚す。

「宍戸さん、っ、気持ち、いい?俺は、いいですよ。溶けそうなくらい熱くて、ギュウギュウ締め付けて、凄く気持ちいい…」
「アッ、もっ、俺もっ、イィ、きも、ちっ、うぁっ」

 絶頂を迎えるのを強制的に阻止されていた体は、直ぐに登り詰めていく。
 俺も、そんな彼の締め付けと、今までに彼が見せてくれた恥態に追い上げられ、

「はぁっ、ちょうた、ろっ、アッ、もぅっ、い、イク、んくっ」
「一緒に、イきましょ?…宍戸さん、大好きだよ」
「アッ、はっ、アァァー!」
「くっ」

 腰も左手の動きもそのままに、右手を彼の顔の側につき、彼に覆い被さって耳元で囁けば、その瞬間、体を大きく震わせ、イッてしまう宍戸さん。
 その締め付けに堪えられず、大きく腰を打ち付け、際奥目がけて俺も精を放った。

「はぁっ、はっ…」

 自身を引き抜き、ドサリと彼の横に倒れこむ俺。
 宍戸さんも俺も、暫くそのまま肩でつく息を整えていた。
 呼吸も整いった頃、宍戸さんに声を掛けられる。

「そういやさ、お前、姉貴にはなんつって着付け頼んだんだよ?」

 そう言われ、着物の事を思い出し、ダルい体を起こして、皺にならぬよう着物をたたみながら宍戸さんに説明した。

「えっとですね…
『部の先輩達とちょっとした賭けをしたんだけど、罰ゲームが女装してシャメを撮ることになってて、宍戸先輩が負けちゃったんだ』
って、一応説明しておきましたけど」
「…お前、こういうことに関しては頭イイよな……」
「そうですか?」

 そう言って彼を見ると、はぁ、と溜め息を一つ吐いて、「もう寝る」と、ベッドで反転し、背を向けられてしまう。
 そんな彼に苦笑いしつつ、「おやすみなさい」と頬にキスをして、後ろから宍戸さんを抱き締め、眠ることにした。
 まどろむ意識の中、胸に当たる微かな吐息と、控え目に腰にまわされた腕に、腕の中の彼が向きを変えてくれたのが解った。
 眠りの中に落ちかけた意識が、嬉しさを感じたけれど、重い瞼は持ち上がらなくて、そのまま意識は沈んでいった。
 幸せを、感じながら。



 終わり





コレって年明け直ぐくらいのネタなのに、今頃載せるの?
とは突っ込まんといてください;
着物に姫初めがテーマでしたが…
何だか、今回のチョタは意地悪ですね;

2007,1,28




モドル