夏風邪


「馬鹿は風邪引かないんじゃなかったっけ?あ、夏風邪だからいいのか」
「うるせ…Σげほっ、ゴホゴホ」
「もう、おとなしく寝てなさいよ」

 背中を擦り、ベッドに横にならせて布団をかける。
 今日はご両親が旅行で居なく、お兄さんは彼女の家に泊まりで、誰も居ないからデートして亮の家に泊まるハズだったのに。
 待ち合わせに向かう前に「風邪引いた、デート無理」なんてメールを見て、慌てて亮の家に来て、今に至る。
 なんてまぁ、ついてない…

「悪ぃ」
「いいよ、家族居ないの知ってるし、彼女の私が面倒見なきゃ!」
「や、そうじゃなくて…デート、台無しにして、ごめん」
「え…」

 そんなこと、考えてたんだ…
 私、そんなに不満そうな顔だったかな?
 心配、掛けちゃったんだ。

「そんなの、気にしないでいいんだよ?もともと今日は二人で会う予定だったんだし、場所が変更になっただけ。二人きりなのは変わらないでしょ?」
「けどよ、お前、つまんなくねぇの…?」
「つまんなくないよ?亮といられればそれでいい」
「っ!そーかよ…」

 少し恥ずかしかったかな?
 けど、本心だしね。
 「少し寝る」と私に背を向けた亮は耳まで赤かった。


 亮が眠ったのを確認し、鍵を拝借して、携帯と財布をポケットに、冷蔵庫を覗いてから、歩いて数分のスーパーへ。
 卵はあったから、葱と、アクエリアスと…
 お粥とかうどんなら、喉を通るだろうと、足りない材料や飲み物を買い足し、真っ直ぐ戻る。
 家に着き、荷物を冷蔵庫に入れ、亮の部屋へ。

「…どこ、行ってたんだよ」
「あれ?起きてたの?スーパーに食事の材料買ってきた。林檎でも剥く?」
「いい。…起きたら、お前が…ケホッ…いねぇから…心配、した」

 …可愛い。
 病気の時って人恋しくなるとか、弱気になるって聞くけど、亮もそうなんだ。
 「そっか、ごめんね」と返事しながら、額にキスすると、照れたのか、顔を背けられた。

「もう少し、眠る?今度は、どこにも行かないから」
「…ん」

 買ってきた冷えピタを貼ってあげると、気持ち良さそうな顔。
 ベッドの中に手を潜らせ、いつもより少し熱い手を握ると、弱々しくも、握り返してくれた。

 ふと気が付くと、時計が2時を回っていた。
 どうやら一緒に寝てしまったらしい。
 亮を起こさないようにそっと離れ、キッチンへ。
 今度は亮が起きても、私が居るとわかるように部屋のドアは開けたままで。
 手早くお粥を作り、市販の風邪薬と水も一緒に部屋へ運ぶ。

「亮、起きて?お昼の薬、飲まなきゃ」
「うー…ん」

 眠そうな目の彼を支えて起こし、スプーンとお茶碗を渡す。

「大丈夫?自分で食べられそう?」
「あー、多分」

 熱で怠いのか、いつもならあっという間に空になる器が、少しずつしか減らないことに、何となく、悲しくなった。

「無理しないで、残してもいいからね?お水のむ?」
「いる。…なぁ。美味いよ、コレ。って、料理できたんだ」
「少しは、ね。ちゃんと感謝して食べなさいよね」

 軽口を軽口で返しながらグラスを手渡す。
 良かった、まだそれくらいの元気は有るんだ。

 ゆっくりと、けれど残さず食べ切った彼に薬を飲ませ、また横たえる。
 市販の薬だけど、亮の家に買い置きがあってよかった。
 明日になっても熱が下がらないなら病院に連れていかないと。
 後は、亮が寝たら、夕飯の準備に…
 ぼんやりと考えていると、

「なぁ…」
「ん?どうしたの?」
「や、なんつーか、その…」

 熱の所為かもしれないが、赤い顔で言い淀む彼に、多分彼にしたら恥ずかしく、私にしたら嬉しいセリフを言おうとしてると見当が付いた。
 嬉しくてつい笑みが零れそうになるのをぐっと耐える。
 きっと恥ずかしがりな彼は、私が小さくでも笑いを零せば、止めてしまうだろうから。
 黙って彼の言葉を待つ。

「お、まえが…お前が、が彼女で、良かった」
「…」
「…っ、何か言えよ、恥ずかしーだろ」

 言葉が、出なかった。
 嬉しくて?
 幸せで。

「な、何で泣いてんだよ」
「…何でもない。私も、亮が彼氏でよかった」
「…おう」

 へへっと笑うと、零れた涙を、怠そうに持ち上げられた熱い指が、そっと拭ってくれた。
 驚くくらい素直な亮も、たまにはいいな、なんて思うけど、大好きな人の辛そうな姿を見ているのはやっぱり辛いから。
 しっかり看病するから、早くよくなってね?

 夏の終わりの、ちょっと苦くて、幸せな思い出。



終わり




 ぎりぎり夏?の8月末に書いたんですが・・・
 巷じゃ新型インフルが大流行;
2009.10.24

モドル