犬を、拾いました。


  ぎんいろの


 友達とスノーボードに出かけた帰り際、茂みの中で怪我をして蹲る、犬を拾った。
 特に犬好きなわけでも、ペットを飼いたいわけでも無かったのに、その仔の瞳を見た瞬間に、まるで何か…
 「運命を感じた」なんて、自分でも笑ってしまうけど、それ以外に言いようがない。
 気付いたら、家に連れ帰っていた。

 最初は警戒して部屋の隅にいたけれど、しばらくして危険は無いと感じたのか、おずおずと擦り寄ってきた。
 拾った場所の名前から、ハルと名付け、名前を呼ぶと、賢そうな瞳が私を見る。

 この日から、ハルが私の家族になった。

 帰宅した時間が遅かったため、翌朝、有給で仕事を休み、ネットで近所の動物病院を探し、ハルを連れて行くことにした。
 病院での診察や治療に、ハルは怯えた様子もなく終始おとなしくされるがまま、任せていた。
 治療が終わり、先生の話を聞く。
 前脚の怪我は思ったより酷く、治療が遅れたために治るまで少し掛かるらしい。
 それ以外には大した怪我も無く、病気の様子も無いので、予防接種等をして薬をもらい、連れ帰る。

「これでもう大丈夫。いっぱいご飯食べて、早く怪我治そうね」

 私が話しかけると、返事を返すように鳴くハルは、まるで言葉を理解しているようで、賢い子なんだろうと思った。



「そういえば、ハルは何犬なんだろうね?」

 ハルと暮らし始めて早三ヶ月。
 朝はハルが私を起こし、仕事から帰れば玄関までお出迎え。
 もう完全に家族として馴染み、生活している。
 怪我も完治し、拾った頃よりも随分大きくなった。
 碧い瞳に、グレーのような色をした綺麗な毛並み。
 シベリアンハスキーみたいだけど、それほど大きいわけではない。
 きっと、ミックスなんだろう。

「これ以上大きくなっちゃうと、ちょっと困るなぁ」

 そういって笑えば、いいから遊べとばかりに、お気に入りの玩具を銜えて来る。
 何とはなしに思った疑問も、もうどうでも良いように思えた。

 そして、ある満月の夜。

「ハル…どしたの?」

 ベランダを仕切るガラス戸の前に、夜空を見上げて座ったハルの毛が、月光を浴びてキラキラと輝いて見える。
 やがて…

「ハル?!」

 見る間にハルの、犬のシルエットが、私と同じ、人のモノに。
 目の前で起こった衝撃的な出来事に、頭がついていかない。
 茫然と固まった私に、

「おーい?大丈夫か?」
「ゆ、夢だよ、ね…」
「夢じゃなか」

 話し掛けてきたのは目の前の、男の子。
 しかも、裸で獣の耳に尾、そして…

「ちょっ…とりあえず服着てよ!」

 部屋着にしていた大きめのスウェットを投げる。
 もそもそと着替える彼から視線を逸らすと、気になったことを確かめる。

「ねぇ、…ハル、なの?」
「おう、そうじゃよ。心配すんな、取って食おうとは言わんから」
「ほ、本当に…?なに、何で?」

 混乱して頭がよく回らない。
 着替え終わったらしく、私を怖がらせないようにか、ゆっくりと近づいて、私の前に立つ。

「簡単に言えば、あれじゃ、狼男ってやつよ。今日はホレ、満月じゃき」
「お、おかみ…?ウソ…」
「お前さんにウソなんて吐く意味なか。…まぁ、普通は信じられん話じゃけどな」

 目を丸くするばかりの私に、苦笑い混じりに説明をする彼は、外見にそぐわぬ落ち着きと、不思議な空気を纏っていて、信じられないような話なのに、変化の瞬間まで見てしまっては、納得するしかない。
 でも、やはり驚きが勝って、夢ではないかと思って手の甲をつねる。

「イタッ!…夢じゃ、ないんだ」
「んー、そうじゃな、ちゃんと全部、説明するか」

 そう言って苦笑したハルは、私を抱き上げるとソファーに座り、膝の上に私を降ろすと「いつもと逆じゃな」と、少し満足そうな笑顔を見せた。

「そもそも、俺は犬じゃなか。狼。狼が年を経て妖しの力を持ったもの、というところじゃ。こう見えて、実はお前さんの五倍くらいは生きちょる。ほれ、猫又なり妖狐なり、あれと似たようなモンよ」
「五倍…」
「それと、名前も一応ある。『雅治』。それが、俺の名じゃ。お前さんは知らずに『ハル』と付けたようだが、いいセンいってるな」
「…ん?ちょ、ちょっと待ってよ!それが、本当なら、今の姿は何?どう見たって子供じゃない」
「そうじゃな。今の俺はどう見ても十四、五歳。本当の年齢にあてない。そういうことかの?」

 膝の上で慌てふためく私に、落ち着かせるようゆっくり話すハルは、外見とは裏腹に、酷く大人びた印象を持たせる。
 少し困ったように笑い、とつとつと話しだすハルの言葉を大人しく待つことにした。

「まず、まだ妖力を得て直ぐ、あやかしとなって日が浅い、そんな時に、人間、ちゅうか、子供に叩かれてな。動物は俺の‘気’がわかるから、畏れて近づかん。で、困ってるトコをお前さんが拾ってくれた」
「うん」
「んで、俺の妖力は月に影響される。だが、今まで怪我の所為と、満月の夜が雨だった所為で、全っ然力が使えんかったんだが、今日は完璧」

 ニッと笑い空を外を見たハルにつられて視線を移すと、真ん丸い月が雲一つ無い夜空に在った。
 あぁ、それでこの姿に。
 要するに、人狼としては、まだ成りたてということと怪我で、大した力もないから、妖力が最大になる満月の今日、やっと人の姿になったってわけね。
 段々と落ち着いて、私の頭が正常に動きだす。

「え、でも、それじゃ満月の夜は毎回こうなるの?」
「んー、いや、ちょっと違う」

 ハル…いや、雅治は、少し困ったように私を見ると、言いにくそうに口を開いた。

「なぁ、お前さんは、俺が嫌か?こんな化け物が怖いか?」
「え…」

 正直驚きはしたが、見た目や雰囲気がそうさせるのか、家族として暮らしたハルだとわかっているからか、怖いとは思わなかった。
 だから、悲しそうな顔で耳と尻尾を垂らし、私の返事を待つこの少年に、ちゃんと伝わるようにと、真っ直ぐ瞳を見つめ、「怖くない」と、そう言った。

「本当か?!なら、問題ないな」

 尻尾をふさふさと揺らし、うんうんと一人納得する雅治に、何がと聞こうとすると、私が言葉を発する前に、雅治の言葉によって遮られた。

「知ってるか?狼は生涯同じ相手と添い遂げる、一途な性だってこと」
「え…?」
「浮気しないのはお墨付き。おまけに誰よりをよう理解して、誰より愛しとる。こんな好物件他になかよ?」
「いや、愛って…」

 そう言って笑う雅治に戸惑う。
 急にそんなこと言われても、まだこの現実に、やっと頭がついてきたところだと言うのに。
 でも、嫌だと思わないのは何故…?

「信じてない、か?なぁ、俺はを愛しとうよ。このまま、ずっと、俺と一緒に…番いに、なってくれんかの?それともお前は、俺を追い出すんか…?」

 うぅ…
 再び耳と尻尾をシュンと垂らして、そんな、捨てられた仔犬のような目で見つめてくるなんて卑怯だ!
 実際は獲物を狙う狼の癖に!
 大体、秘密を知ってすぐにプロポーズだなんて…

 プロ、ポーズ…?

 段々と言葉が脳に染み込んで、顔が火照ってくるのがわかる。
 それを見た雅治のしたり顔がくやしくて、

「わかったわよ、仕方ない!拾ったら最後まで面倒見るのが、拾った責任てもんだからね!」

 なんて啖呵を切ったのは早まっただろうか?
 「んじゃ早速」なんて、狼の本性丸出しで唇を奪われた。

 でもいいんだ。
 言葉とは反対に、私に触れた唇は優しかった。
 抱き締めてくれる腕の温もりも、私を見透かす澄んだ瞳も全ては本物なんだから。
 ちょっと意味は違うけど、今までもこれからも、雅治は私の家族。
 これから大変な暮らしでも、お互いが幸せなら、どうにだってなる。
 そう覚悟を決めていると、

「あ、そうそう、言い忘れとった。次の満月が過ぎれば、力も落ち着くし、いつでもこの姿に成れるはずじゃ」
「へ?」
「耳も尻尾も隠そうと思えば隠せるし、好きな時に人型になれるんじゃ。の両親に結婚の挨拶も行けるし、式だって出来るぜ?」
「あ、そうなんだ」
「…ピヨ」

 拍子抜け、と言った顔の私に、

「ククッ、お前さん達が知らんだけで、俺達みたいな変わりモンもこうやって、人間社会で生きてるってことよ」

 なんて言うから、笑えない。
 でもまぁ、種族すら越える愛の力ってものが、一番の驚きなのかも。



 私のダーリンは普通じゃない。
 時々本物の耳と尻尾があるんです。
 時々私に従順な、銀色の毛並みの狼なんです。
 それでも彼を愛しいと思う私が、一番普通じゃないのかも。

 私があの日出逢ったのは、ぎんいろの…



終わり




 初ニオ夢。初パラレル。ドキドキ・・・
 学プリ以来ニオにはまってましたが、ニオ語が難しい&氷帝オンリーサイトだし、マガも同じくなんで、
 どうするかちょっと悩みましたが、書きたいこと書いてこその同人活動!
 友人の協力を経て完成。
 でも、堂々と載せられないのでここに載せました☆
 
 Thanks 璃來!

2011.3.6

モドル