【Uneasiness】
あー、ダルイ。
昼休み前の授業が移動教室なんて、昼休みが短くなるわ、疲れるわ、ロクなことがない。
ノートやペンケースを片手に、欠伸をしながら階段を降りる。
そーいや、この階の教室、階段の横は長太郎のクラスだったな、なんて思っていると、タイミングよく長太郎と、確か同じテニス部の後輩の話声がした。
「…〜か?」
「って、宍戸さ…分かれて、つきあ…」
眠かった頭が一気に覚める。
今、長太郎は何て言った?
「宍戸!チャイムもう鳴るぞ!急げって!」
後から来たクラスメイトに背中を押され、急いで階段を駆け降り、次の教室へ向かったが、授業が始まっても、考えているのはさっきの会話だけ。
はっきり聞こえた言葉を繋げば、「宍戸さんと分かれて」。
しかも、続くのは多分、誰かと「付き合う」という言葉…
他に好きな奴ができた、だから分かれたい、ということか。
いやいやいや、いつも飽きるほどに「好き」だの「可愛い」だの言ってくるアイツの言葉が嘘だとは思えない、というか、アイツはそんな嘘が吐けるほど器用じゃない。
けど、さっきのセリフは他に考えようも無いし…
考えているうちに、段々と悪い方へ進む思考を止めるように、授業終了のチャイムが鳴った。
昼休み。
晴れの日は屋上で長太郎と食べることが、当然になっている。
そして今日は、運が良いのか悪いのか、晴れ、だった。
憂鬱な気分のまま、屋上への階段を上る。
屋上の扉がやけに重く感じた。
「あ、宍戸さん!遅かったっスね」
「ワリ、移動教室でよ」
こっちだと手を振りながら声を掛けてくる長太郎は、いつもと同じ笑顔で。
けど、この笑顔の裏では、俺と別れることを考えているのか…?
「…さん、宍戸さん?」
「え?あ、あぁ、悪ぃ、聞いてなかった、何だっけか?」
「いえ、さっきから箸進んでないし、具合でも悪いのかと思って…」
「や、悪い、ただちょっと、ぼーっとしちまって」
「そうですか?それならいいんですけど」
苦笑いで答える長太郎に、気を遣わせていることを知る。
いくら長太郎が優しくても、自然に気配りできる性格だとしても、俺は仮にも先輩で、こいつはいつも、俺に気を遣っているんだろうか。
そう思うと、少し淋しく、また、それに疲れたのかと思い至る。
「なぁ、長太郎」
「はい?」
「…」
「どうしたんで」
「距離、おかねーか?」
「えっ?!」
驚いた顔。
そりゃ当然か。
上手くつくろって隠してたはずのことを、先に俺に言われるなんて、驚かないわけないよな。
「冷静になる時間が、俺達には、必要なんじゃねぇ、かな…」
「…」
何で、何も言わねぇんだよ…
違うんなら、嫌なら否定しろよ!
それともやっぱ、お前にとっちゃ好都合だったのか…?
「わかりました。宍戸さんが、そういうなら…」
「ん」
それから会話もなく残りを食べ、堪え切れなくなった俺が先に、次はテストだからと屋上を後にした。
長太郎の顔を、見る勇気はなかった。
結局あれから、ろくにメールすらせず、今日…
長太郎と、出掛ける約束をしていた日。
待ち合わせすら決めていなかったから、今日の予定はキャンセルなんだろう。
何もしたくなくて、昼までベッドに潜ってた。
昼飯を食い、買い物でも行くかと家を出る。
グリップテープがボロボロになってきてたのを思い出し、駅前のスポーツ用品店に向かう。
「あ…」
何気なく向けた視線の先、コーヒーショップの窓際に、今一番会いたくないヤツの姿。
なんて、タイミングが悪いんだろう。
長太郎は俺に気付きもせず、一緒の女と談笑中。
そいつが、新しい彼女になる女か…?
踵を返し、来た道を戻る。
帰って携帯を開き、長太郎のアドレスを着信拒否に設定し、携帯を放り投げた。
「何やってんだろーな、俺」
メールも電話も最近してないのに、こんな意味あるのか?
こんな決定的な場面見て、別れたいとも言えない俺は、なんて…
「きゅーん…」
いつの間にか近寄ってきた飼い犬が、小さく鳴いて頬を舐めた。
…あぁ、泣いてたんだ、俺。
こいつは、慰めてくれてんのか。
「ははっ、激ダサ…」
もう大丈夫だ、ありがとうと撫でてやると、嬉しそうに尻尾をふる。
こんなちっこい頭でも、色々考えてんだな、こいつ。
「俺も、考えなきゃいけないよな」
いつまでも、逃げてるわけにはいかない。
今後どうするか、ちゃんと考えねぇと。
そう思った瞬間、インターホンが鳴る。
あぁ、皆朝から出掛けてたっけと思い出し、玄関に向かう。
宅配だろうと判子を持ってドアを開けると、
「よかった、家にいたんですね」
「ちょ、う、たろ…」
「ちゃんと、話がしたくて。上がってもいいですか?」
会いたくて、会いたくなくて。
話したくて、話したくなくて。
けど、逃げないと、決めた。
だから、もう、覚悟を決めよう。
「あぁ、上がれよ」
「ありがとうございます」
迎え入れ、部屋へと通す。
「で、話って?」
「あの、今の、関係について、なんですけど」
「…」
「こんな関係、もう、やめませんか?」
やっぱり。
別れを切り出されるのは、わかっていても辛いもんだな。
ともすれば崩れそうな膝を、必死の思いで保つ。
もう、解放してやらなければ。
優しい長太郎に、こんな辛そうな顔をさせているのは俺なんだから。
そう、解ってる。
ちゃんと、解ってる。
けど、けど俺は…
「…ねーからな」
「え?宍戸さ…」
「別れねーからな!誰がなんと言おうと、お前がなんと言おうと俺はお前が、長太郎の事が好きなんだよ…!だから、別れるだなんて、言わないでくれ…」
「言いませんよ!と言うか、何の話ですか?」
「…え?」
驚いたような焦ったような長太郎の顔に、俺の方が驚いた。
別れを切り出したのはお前だろ?!
「だって、さっき…」
「あ、あれは!距離を置くなんてもどかしい関係耐えられなくて、俺が何か宍戸さんの嫌な事したなら、謝って元の関係にもどりたいって意味で、あの、だから…」
焦って必死に説明する長太郎から、嘘は感じられない。
けど、俺は別れたいって話を聞いたし、女といるのも見た。
長太郎の姉貴には会ったことあるから姉オチなんてことねぇし。
まだ、信じるなんて、無理だ。
「この前、廊下で話してただろ。別れたいって。それに、さっき女といたの、見た」
「え…?俺、そんなこと言ってないっすよ?」
「俺と別れて、誰かと付き合うみたいなこと言っただろ」
「あ!」
「…やっぱり」
やっぱりさっきのは嘘だったのか。
落胆しかけた瞬間、
「違うんですよ!誤解です!さっきのは従姉妹ですよ」
長太郎の言葉に、暫し固まった。
いと、こ…?
「は?!」
「宍戸さんが聞いたのも、今日の話ですよ。今日、本当ならデートの予定だったでしょ?」
「あ、あぁ」
「けど、従姉妹が今年うちの中等部に上がるんで、宍戸さんと夕方にわかれてから、入学準備に付き合う予定だったんです」
「あ…」
「別れて付き合う」とはこれのことだったのか。
安堵と共に、勝手に誤解して悩んでいた馬鹿らしさに力が抜ける。
「激ダサだな、俺」
「宍戸さん…」
どさりとベッドに座り込んだ俺の隣に、長太郎はそっと腰を下ろした。
「誤解、ちゃんと解けました?」
「あぁ。ごめんな、長太郎」
「じゃあ、仲直り、ですね」
そう言って笑った長太郎の顔が嬉しくて、照れたけど、軽く頷いた。
すると、長太郎の顔が、ゆっくり近づいて…
「仲直りと言ったら、これですよね?」
なんて言うから、俺はもう何も言えなくて。
何度も重なる唇に、間近で見る恋人の顔に、頬が火照る。
やっと離した唇の代わりに、今度は額をくっつけたままで長太郎は口を開いた。
「けど、ちょっと嬉しいです。宍戸さんから、あんな言葉が聞けるなんて」
「な?!俺はっ、真剣にっ…」
「わかってますよ。それでもやっぱり、嬉しかったんです。宍戸さんのことが、大好きだから」
「…そーかよ」
何でこいつは照れもせずにこういうことを言えるのか。
余計火照る頬を隠そうにも、顔に添えられた長太郎の手は、それを許してはくれなくて。
やがてまたゆっくりと、重なる唇。
「俺だって、不安で、寂しかったんですよ?」
「んっ…悪かった、って」
「だから…」
そのままベッドへ押し倒され、のしかかられる。
吐息と共に吹き込まれた言葉にぞくりと背筋が震えた。
「償ってもらいます」なんて言葉とは違って優しく躯をなぞり、脱がせていく優しい手つき。
けど、多分、これは…
明日は多分動けないだろうと悟った。
翌日。
予想通りというか、あの後、優しいを通り越し焦れったいくらい執拗な愛撫に散々鳴かされ気絶するように眠った俺は、情けなくも朝練も自主練もできず、遅刻ギリギリで登校するはめになった。
もう長太郎を疑うまいと、心に誓った出来事だった。
〜終わり〜
実は4月に書き上げてマガで先行配信までしてたんですが、
サイトにアップするのを忘れてたっていう・・・死;
2009.10.24
モドル